過越
人間界の夜中に過越が起こる
つぎに、キリストの救いを表す予型として「過越(すぎこし)」というものを見てみましょう。
「過越」とは、今から約三四〇〇年前、エジプトにいたイスラエル民族に起こった出来事です。そのとき、エジプト人の家庭には真夜中に神の裁きが及び、イスラエル人の家庭には裁きが"過ぎ越して"いったのです。
これは、キリストによってもたらされる大いなる救いの予型です。ここでは、それを見てみましょう。
「過越」について深く理解するために、まず歴史における"夜の時代"と"昼の時代"ということを見てみたいと思います。過越と夜や昼――一見関係がないようですが、じつはこれが「過越」ということを理解する上で、あとでたいへん役に立つのです。
歴史の夜と昼
イエス・キリストの使徒パウロは、キリストの昇天後の時代について、
「夜はふけ、日が近づいている」(ロマ一三・一二)
と語りました。聖書は、キリストが天に帰られて後の時代を、象徴的に"夜"の時代と呼び、やがて輝かしい安息の"朝"、また永遠の"昼"が来ようとしていると述べているのです。
聖書の中には、明らかに時代を"夜"の時代と、"昼"の時代に分けて考える思想が見られます。"昼"の時代、"夜"の時代とは、どのような時代でしょうか。人類の歴史の初めから見てみましょう。
最初の人類であるアダムとエバは、エデンで神と共におり、神は彼らと共におられました。聖書には、
「神は光であって、神には少しの暗いところもない」(一ヨハ一・五)
と書かれていますから、二人はこの時、言わば神の「光」の内にいたわけです。もちろん、この「光」とは、物理的な光のことではなく、神の命や恵みを表しています。
こうして二人は、エデンにいる間、「光」なる神と共におり、みそばで、いこいを得ていました。しかし罪に堕ち、エデンを追放されて以来、彼らは神の祝福を失いました。その後、人間世界は言わば"闇"となり、"夜"となったのです。
そして悪は増加し、世がますます暗黒と化したとき、そこに「ノアの大洪水」が起こって、ノアの家族を除く人類は滅亡してしまいました。それはエデン追放以来始まった人間世界の"夜"の、しかも"真夜中"の審判とでも言えるものでした。
大洪水以後も、罪と悪は人間世界にはびこりました。暗黒の世は、なおも続きました。人々は、救世主の出現を待ち望みました。預言者イザヤ(紀元前七〇〇年頃) の時代になって、イザヤはこう預言しました。
「『夜回りよ、今は夜のなんどきですか、夜回りよ、今は夜のなんどきですか』。
夜回りは言う、
『朝がきます、夜もまたきます』」(イザ二一・一一〜一二)。
この預言の約七〇〇年後に、キリストは世に来られました。キリストの降誕について聖書は、
「すべての人を照らすまことの光があって、世に来た」(ヨハ一・九)
と表現しています。キリスト降誕は、人間世界に"朝"が来たことでした。キリストご自身も、
「わたしは光としてこの世に来た」(ヨハ一二・四六)
と言われ、また、
「わたしは、この世にいる間は、世の光である」(ヨハ九・五)
と言われました。
「光」なる神の本質の現われであるキリストは、世に輝く「世の光」でした。そして、キリストが世におられたことにより、神はキリストによって、人と共におられたのです。
このように、キリストが世に来られたことにより、「日の光が上から私たちに臨み」(ルカ一・七八)、人間世界は言わば、短期間の"昼"を迎えました。
しかし注意すべきことは、先の聖句に言われているように、キリストが「日の光」、「世の光」であったのは、「この世にいる間」(ヨハ九・五)のみだったということです。ですからキリストは、天に帰る日が近づいたとき、人々に言われました。
「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある」(ヨハ一二・三五)
また、こうも言われました。
「夜が来る・・・・」(ヨハ九・四)
つまり、日の光であるキリストが昇天された後、再び"夜"が来なければなりませんでした。ですから、キリストの昇天後の時代に使徒パウロが、
「夜はふけ、日が近づいている」(ロマ一三・一二)
と語ったのも、キリストが天に帰られて、すでに時代は「夜」となっていたからです。そしてパウロは、時代は今は"夜"だが、やがて"昼"が、しかも"永遠の昼"が来ようとしていると述べているのです。
「夜中ごろ」あるいは「夜明けごろ」に審判が・・・・
しかし"永遠の昼"すなわち光が支配する時が来る前に、この世のすべての悪と罪が葬り去られねばなりません。光が地上を照らす前に、地上のすべての醜悪なものは、一掃されなければなりません。
聖書は、やがて人間世界の"夜"がさらにふけ、世が最も暗黒になった頃、言わば"真夜中"に、この世に対する神の大審判が下される、と述べています。
それは、キリストが神からの権威を帯びて天より現れ、地上のすべての悪と罪を一掃する、世界的な審判の時です。その時、
「私たちは皆、キリストのさばきの座の前に現われ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねば」(二コリ五・一〇)
なりません。
この大審判が行われる時は、世の暗闇がさらに増し、世界の悪が最高潮に達した頃でしょう。キリストは、ご自分のたとえの中でも、そのことをはっきり意識してこう語られています。
「花婿(再来のキリスト)の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした」(マタ二五・五〜六)
また、こうも言われました。
「主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちはさいわいである」(ルカ一二・三八)
このようにキリストが再来され、大審判を下されるのは、「夜中ごろ、あるいは夜明けごろ」です。ですから私たちは、眠ってしまうのではなく、いつも「目をさまして」(マタ二四・四二)いなければなりません。
キリストは再来して、悪に終止符を打たれ、世界の社会体制、経済体制、政治体制等を根本から変革され、この暗黒の夜に、黎明をもたらしてくださるのです。
「わたしは・・・・輝く明けの明星(みょうじょう)である」(黙示二二・一六)
とキリストは言われました。こうして世界は、朝をむかえ、永遠の昼となるのです。
こうして見てくると、人間世界は、昼夜を何度か繰り返して、とこしえの"昼"をむかえることがわかります。"夜"とは、光なる神が直接人と共におられない人間世界の状態で、罪にけがれた暗黒の世のことです。
"昼"とは、光なる神が直接人と共におられる人間世界のことです。つまり、エデンで神は人と共におられ、キリスト初来時においては、キリストにおいて神は人と共におられ、また新天新地においても、神は人と共におられるようになります。
来たるべき新天新地において、キリスト者は大いなる安息の日をむかえるでしょう。聖書は、新天新地の光景について、
「夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照らし、そして、彼らは世々限りなく支配する」(黙示二二・五)
と述べています。すなわち、大いなる安息の朝があけると、それはもう夜になることがありません。ただ神が、太陽のように輝きわたっておられます。
聖書・創世記一章をみると、神の天地創造の日ごとに、
「夕となり、また朝となった」
と記されています。それと同様に、歴史の場合も「夕となり、また朝となった」が繰り返され、ついに人間世界は、永遠の安息の朝をむかえるのです。
私たちは、この大いなる夜明けを待ち望んでいます。その日、神は私たちをあがない、救いを完成して下さるのです。ですから聖書の詩篇の作者も、次のようにうたいました。
「私のたましいは、夜回りが夜明けを待つのにまさり、まことに、夜回りが夜明けを待つのにまさって、主を待ちます。イスラエルよ、主を待て。主には恵みがあり、豊かなあがないがある。主はすべての不義から、イスラエルをあがない出される」(詩篇一三〇・五〜八)
歴史においても、「夕となり、また朝となった」。
真夜中の過越
さて、ここで人間世界の"真夜中"に行なわれる神の大審判について、もう少し詳しくみておきましょう。
やがて世が最も暗黒になった頃に行われるというこの大審判は、ちょうど旧約聖書に記されている、イスラエルの「出エジプト」の時の出来事に似たものとなるでしょう。
よく知られているようにイスラエル民族は、約四百年もの間、エジプトの地で圧政下に置かれ、奴隷となっていたことがありました。しかし神は、預言者モーセをお立てになり、二〇歳以上の男子だけで六〇万人、女・子どもを合わせると二〇〇〜三〇〇万人と思われるイスラエル民族を、エジプトの地から脱出させました。
その際神は、モーセの手によって「十の災い」と呼ばれる災害を、エジプトに下しました。そしてその十番目の災いは、エジプト中のすべてのエジプト人の家庭の長男が死ぬ、というものでした。
しかし、この災いがイスラエル人にまで及んでしまわないために、神は、「過越の小羊」と呼ばれるものを定められました。
「過越」とは、さばきがイスラエル人の上を"過ぎ越す"という意味で、小羊はそのための犠牲でした。
神はイスラエルの人々に、その小羊をほふって(殺し) 、その血を家の入口の二つの柱と、かもいに塗りつけるよう、また、その他いくつかの命令を出されました。そしてイスラエル人は、
「夕暮にこれをほふれ」(出エ一二・六)
との神の命令によって、小羊を夕方ほふりました。さらに神は、
「真夜中ごろ、わたしはエジプトの中へ出ていくであろう」(出エ一一・四)
と言われ、真夜中にエジプトに審判を下されました。すなわち、エジプト中のすべてのエジプト人の長男が、次々と死んでいったのです。しかしそのとき、小羊の血が塗られていたイスラエルの家は、そのさばきが"過ぎ越して"いきました。
その夜、泣き叫ぶ声があがらない家は、エジプト人の家にはありませんでした。そしてイスラエルの民は、
「(その)夜のうちに」(申命一六・一)
追い出されるようにして、エジプトを出ていったのです。
"来たるべき大いなる過越"のときも、そうなります。
聖書はイエス・キリストを、象徴的に、私たちのための「過越の小羊」と呼んでいます(ヨハ一・二九、黙示五・一二、一コリ五・七)。そしてキリストが、(キリスト)昇天の四三日前という言わば人間世界の"夕暮時"に死なれ、私たちのための犠牲となられたのも、キリストが、"来たるべき大いなる過越"のための「過越の小羊」であったからにほかなりません。
エジプトでの過越の小羊が夕暮にほふられたように、キリストの犠牲の死は、人間世界の言わば"夕暮時"におこったのです。
キリストは、私たちのための過越の小羊として、血潮を流されました。私たちがこのキリストを、心におむかえするとき、
「御子イエスの血が、すべての罪から私たちをきよめ」(一ヨハ一・七)
私たちは、御子の血による救いを受けるのです。
そして、エジプトの審判が真夜中に行なわれたように、世の終わりの大審判も、人間世界の"真夜中"つまり罪悪が最高潮に達したときに行なわれるでしょう。
かつてエジプトで、エジプト人とイスラエル人は同じ地に住んでいましたが、小羊の血によって、両者は完全に区別されました。ですから、この来たるべき大審判のときも、神は、クリスチャンたちと、そうでない者たちとを完全に区別されることでしょう。
そして、さばきは神に従う人々の上を"過ぎ越して"行くのです。
またイスラエル人が、「夜のうちに」エジプトを脱出したように、クリスチャンたちは、人間世界の"夜"のうちに携挙(天にたずさえ上げられること)されて、罪世より脱出し、新天新地で"朝"をむかえるのです。ですから、キリストが来られるとき、
「畑に二人いると、一人は取られ、一人は残される」(マタ二四・四〇)
というようなことが起きます。クリスチャンと、そうでない者とは明確に区別されるでしょう。
ちょうど磁石が、砂の中から砂鉄だけを引き上げるように、キリストはご自分のものである民を、ご自分のもとに引き上げ、地上から携挙して御国に導かれるのです。
「過越の小羊」キリスト
キリストが過越の小羊であることは、次のこともあかししています。
まず過越の小羊は、「傷のない」「雄の」小羊でなければなりませんでした(出エ一二・五)。このことは、罪のないかたが十字架上で死なれたとき、このかたがまことの過越の小羊であることを、あかしするためでした。
また過越の小羊は、満一歳でなければなりませんでした。当時、満一歳で成羊とみなされたからです。
イスラエルでは、人々は普通二〇歳で一人前とみられましたが、責任の重い祭司職などでは、三〇歳にならないと任につけないと、律法に定められていました。キリストが三〇歳で活動を開始され、また三〇代半ばを過ぎぬうちに死なれたのは、以上のような理由もあるのです。
また過越の小羊の骨は、決して折ってはならないとされていました(出エ一二・四六)。ですから、キリストの十字架の両側で、はりつけになっていた二人の盗賊の足の骨は折られたのに、キリストの骨は折られなかったのです(ヨハ一九・三三)。
このように、出エジプトの時の「過越の小羊」は、私たちのために犠牲としてほふられたキリストを指し示す予型だったのです。
イスラエルの人々は、
小羊の血を家の入り口の柱と、
かもいに塗った。すると、神の裁きは
過ぎ越していった。これは、
主イエスの犠牲の血潮によって
与えられる救いの予型である。
創元社『聖書物語』より
今や、世界の大審判、そしてそれに伴う大いなる過越の時が来ようとしています。エジプトでイスラエル人に起こった過越は、このことの、言わば"絵"でした。
もしもキリストが、突然地上に来られ死なれたとすれば、それが救いをもたらすものであることを人々が悟るには、困難が伴ったに違いありません。ですから神は、実際にキリストが来られて十字架上で死なれた時、それが来たるべき大いなる過越のためのものであることを人々が容易に悟れるように、あらかじめエジプトで予型を見せてくださったのです。
つまり、私たちに、来たるべきことの"絵"を、前もって見せてくださったのです。
私たちは今、夜の時代にいます。真夜中のなんどきかになされる世の終わりの大審判の時は、使徒の時代より二千年も近くなりました。その時は、罪の中にとどまる者にとっては滅びの時、神に従う者にとっては大いなる過越の時です。
聖書の言っているように、
「私たちの過越の小羊であるキリストは、すでに、ほふられた」(一コリ五・七)
のです。ですから、全世界に神が最終的な審判を行われる時、そしてまた、神の側につく人々のための大いなる過越の時が来るのは、今やそう遠いことではありません。
久保有政著
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