終末論

終末の時代に起こること 第3章

キリストの再臨

それは出口を失なった世界にとって最大の希望である


人類の希望=キリストの再臨

 つぎに、イエス・キリストの再臨について見てみましょう。
 「再臨」とは、再来ということです。再び来られるということです。英語では“second coming”といいます。ですから再来という言葉でよいのですが、日本では昔から、再来よりも「再臨」という言葉が多用されてきました。
 国語学者によると、「臨む」という言葉は、単なる「来る」という言葉よりも強い意味を持っているとのことです。
 日本にはしばしば、外国の首相や大統領、王などが国賓として来日します。しかし、キリストが再びこの世に来られるとき、彼は王の王、主の主(King of kings, Lord of lords)として巨大な天の勢力を率いて来られるのです。ですからキリストが来られる有り様は、単に「来る」というよりは、大きな勢力を率いて地上に「臨む」と言ったほうが適切でしょう。
 そのために「再臨」という言葉が用いられているのですが、この言葉がわかりにくい場合は、「再来」と言ってもさしつかえないでしょう。
 キリストは何のために再臨されるのでしょうか。
 キリストが再臨される第一の目的は、世界の悪に終止符を打つためです。
 終末の時代になると、世界は自己の持つ多くの矛盾のゆえに、様々な面で"末期症状"を呈するようになります。悪は栄え、人類はかつてない苦難と痛みの時を迎えるでしょう。キリストはその人類の悪に終止符を打つために、再臨されるのです。
 キリストの再臨の第二の目的は、地上にご自身の「千年王国」を樹立するためです。
 真の楽園は、人類の間に、エデンの園以来存在していません。そこで、この世が過ぎ去って新天新地が創造される以前に、キリストは、エデンの園の至福の状態を世界的規模で回復した地上の王国を、千年にわたって築かれるのです。
 キリストの再臨は、人類の希望です。かつて英国のビクトリア女王は、キリストの再臨について牧師から話を聞いたとき、こう語りました。
 「私が生きている間にキリストが来られたら、と思います。そうしたら私は、自分の王冠を取って、彼の足もとに置くでしょう」。


天が開けてキリストが再臨される

 キリストは、どうやって、またどこから再臨されるのでしょうか。
 彼はやがて、天国から来られるのです。それは宇宙の果てから来られる、ということではありません。天国は、私たちのすぐ近くにあるのです。ただ、天国は私たちの物質界とは次元が違うので、見えないだけです。
 旧約聖書には、天国が私たちの近くにあることを明確に示す出来事が記されています。預言者エリシャとその従者が、ある朝起きてみると、彼らの町の周囲を敵国の軍隊が取り囲んでいました。若い従者は震えおののき、エリシャに言いました。
 「ああ、ご主人様。どうしたらよいのですか」。
 しかしエリシャは、
 「恐れるな。私たちと共にいる者は、彼らと共にいる者よりも多いのだ」
 そう言って、天を見上げて祈りました。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください」。
 すると、
 「主がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと(天の)火の馬と戦車が、エリシャを取り巻いて山に満ちていた」(二列王六・一七)。


天国はすぐ近くにある

 従者の霊の目が開かれると、天の軍勢が彼らを取り巻いているのが見えました。天の軍勢は肉眼では見えませんでしたが、彼らのすぐ近くにいたのです。
 天国は現在、肉眼では見えない状態にありますが、すぐ近くにあります。キリストはやがて、そこから来られるのです。そのときのことを使徒ヨハネは、預言的幻のうちに見せられて、こう記しました。
 「私は、開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方(キリスト)は、『忠実また真実』と呼ばれる方であり、義をもって裁きをし、戦いをされる」(黙示一九・一一)。
 キリストが再臨されるときは、天が「開かれ」ます。それは部分的に肉眼で見える状態にされ、その「開かれた天」からキリストが出現されるのです。
 すなわち、キリストは今も、遠く宇宙の果てにおられるのではありません。彼は見えない天国にあって、私たちのすぐ近くにおられるのです。キリストはそこで、やがて地上にご自身の完全な支配権を伸ばすべき時を、待っておられます。
 かつてキリストがオリーブ山から昇天し、天国に帰られたときのことを、聖書はこう記しています。
 「イエスは、彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた」(使徒一・九)。


キリストの昇天

 イエスは、弟子たちの見ている中を、空中に上げられました。そして雲に包まれたので、弟子たちの視界からは見えなくなられました。と同時に、イエスは天界に入られたので、人の肉眼では見えない状態に入られたのです。
 このときイエスは、宇宙の果てにまで飛んで行かれたのではありません。肉眼では見えないが、すぐ近くにある天国の世界に、移行されただけなのです。
 イエスが昇天されたとき、天使がふたり現われて、弟子たちにこう告げました。
 「なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのを、あなたがたが見たときと同じ有り様で、またおいでになります」(使徒一・一一)。
 イエスは昇天の際に、見えない天国にご自身の存在を移行されました。それと同様に再臨の際には、見えない天国から、見える地上界にご自身の存在を移行することによって、人々の前に出現されるのです。
したがって、再臨の際に、イエスは女の胎から生まれて出現されるのではありません。彼は超自然的な方法で、天から来られるのです。
 それは、きわめて驚くべき出現のしかたです。それでイエスは言われました。
 「(終末が近づいたとき)『そら、キリストがここにいる』とか、『そこにいる』とか言う者があっても、信じてはいけません」(マタ二四・二三)。
 キリストの再臨は、人に教えてもらわなければわからないようなものではないのです。
 たとえば、空にいなずまが走れば、「あっ、いなずまだ」と誰にでもわかるでしょう。それと同じように、キリストが再臨されれば、「あっ、キリストだ」と、すぐに誰にでもわかるのです。
 誰かに「ここにキリストがおられますよ」とか、「あのかたがキリストですよ」とか教えてもらう必要は全くありません。あなたは、誰かに「あの人が再臨のキリストです」と聞いても、それを信じてはいけません。それは偽キリストなのです。
 本当の再臨のキリストは、女の胎から生まれた者の中にはいません。彼は、昇天のときと同じ有り様で、天からくだって来られるのです。
 キリストは二千年前に、エルサレムのオリーブ山から昇天されました(使徒一・一二)。彼は再臨の際にも、オリーブ山に立たれるでしょう。こう預言されています。
 「その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る」(ゼカ一四・四)。
 来たるべき日に、ヤハウェなる神は、御子イエス・キリストにおいて地上に来られます。キリストは、父なる神ヤハウェと一体の者として、エルサレムから、全地に神の支配権を伸ばされるのです。


キリスト再臨前後の歴史は、初臨前後の歴史に似る

 つぎに、イエス・キリストの再臨について、少し歴史的な観点から見てみましょう。
 じつは、キリストの初臨と再臨の前後の時代には、一連の似た出来事が起きます。初臨の前後におきた出来事と同様のことが、少しかたちを変えて、再臨の前後にもおきるのです。それを見てみましょう。
 はじめに、キリストの初臨の前後にどんなことがおきたかを、見てみましょう。これは、六段階におよぶ出来事から成っていました。


キリスト再臨前後の歴史は、初臨前後の歴史に似る

 第一段階は、紀元前五八六年のエルサレム滅亡の出来事です。これはキリスト初臨の約六〇〇年前のことです。
 紀元前六〇六〜五八六年に、バビロン帝国(新バビロニア帝国)がパレスチナに数度にわたって攻め入り、イスラエルの民を捕らえてバビロンへ連れ去ってしまう、という出来事がおきました。いわゆる「バビロン捕囚」です。このとき、都エルサレムは火で焼かれ、無惨にも荒廃してしまいました。
 神殿も破壊され、あとかたもなくなりました。このとき破壊された神殿は、ソロモン王の建造によるものであったため、ソロモン神殿、または第一神殿と呼ばれています。

 つぎに第二段階は、この連れ去られたユダヤの民が、捕囚先から帰還したことです。
 ユダヤ人を捕囚の民としたバビロン帝国は、やがてペルシャ帝国に滅ぼされたのです。ユダヤ人はやがて、故郷パレスチナに帰還しました(第一次帰還は紀元前五三六年で、以後も数度にわたって帰還した)。

 第三段階は、神殿の再建です。バビロンからエルサレムに帰還した民は、ゼルバベルの指導により神殿を再建しました(紀元前五一六年)。これがゼルバベル神殿、または第二神殿と呼ばれるものです。


第二神殿の基をおくユダヤの民


 次に、時は第四段階に入ります。
 紀元前二世紀になって、第二神殿すなわちゼルバベルの神殿が、異邦人に踏み荒らされる、という出来事が起きました。シリアの王であるギリシャ人アンティオコス四世・エピファネスという悪名高い人物が、ユダヤを征服し、その聖なる神殿を踏み荒らしたのです。
 彼はこともあろうに、ユダヤの神殿にゼウス神(ギリシャの神)の祭壇を設けました。そこに偶像を設置したのです。
 じつは、これが起きる四〇〇年ほど前に、預言者ダニエルは、この偶像を「荒らす憎むべきもの」と呼んで、次のように預言していました。
 「彼(エピファネス)から軍勢がおこって、神殿と城郭を汚し、常供の燔祭を取り除き、荒らす憎むべきものを立てるでしょう」(ダニ一一・三一)。
 この「荒らす憎むべきもの」が第四段階です。ユダヤの神殿はけがされ、荒廃してしまい、長い間そのままでした。
 しかし、紀元前二〇年頃になって、ときのユダヤ地方の領主ヘロデ大王は、この神殿を修理増築し、再建することに着手しました。
 これが、ヘロデ神殿と呼ばれるものです。これはゼルバベル神殿と全く別のものではなく、それを修理増築したものであったので、ゼルバベル神殿と同様、第二神殿とも呼ばれています。

 そののち、イエスが世に来られました(紀元前四年)。このイエス初臨が、第五段階です。


イエス初臨。これが第五段階。

 さらにその後、紀元七〇年になって、エルサレムでユダヤ人の反乱が起きたため、ローマ軍はエルサレムを攻撃し、エルサレムを完全に破壊しました。ヘロデ神殿もそのとき炎上し、壊滅させられました。このエルサレム滅亡が、第六段階です。
 ところで、この紀元七〇年のエルサレム滅亡のとき、クリスチャンが一人も死ななかったことは、有名です。クリスチャンたちは、
 「エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば・・・・ユダヤにいる人々は山へ逃げよ」(ルカ二一・二〇〜二一)
 という主イエスの言葉を聞いていたので、みなヨルダン川の向こうのペレアに避難していたのです。それで彼らは、このとき一人も死にませんでした。

 以上見たように、キリスト初臨前後において出来事は、
   (1)エルサレム滅(ソロモン神殿滅)
   (2)ユダヤ人帰還
   (3)神殿再建
   (4)荒らす憎むべきもの
   (5)イエス初臨
   (6)エルサレム滅(ヘロデ神殿滅)
 という順序でおきました。そしてじつは、同様のことが、この順序で、キリスト再臨前後の歴史においてもおきるのです。

 ここで重要なことは、ソロモン神殿滅亡の日とヘロデ神殿滅亡の日が、同日であったことです。
 初臨前後の歴史の起点となる(1)ソロモン神殿滅亡の日(紀元前六〇〇年頃)は、聖書の記録によると(エレ五二・一二、二列王二五・八)、ユダヤ暦第五月(アブの月)の七日〜一〇日頃でした。また初臨前後の歴史の終点であり、かつ再臨前後の起点ともなる(6)ヘロデ神殿滅亡の日(紀元七〇年)は、歴史学の上で第五月の九日であることが知られています。
 ソロモン神殿(第一神殿)滅亡の日と、ヘロデ神殿(第二神殿)滅亡の日は、くすしくもほとんど同日、あるいはまさしく同日でした。ユダヤ人の伝承においても、両神殿の滅亡の日はまさしく同日だったとされています。
 今日もユダヤ教徒は、第五月の九日を「ティシュア・ベアブ」と呼び、第一神殿および第二神殿滅亡の日として嘆き、断食する習慣を持っています。
 つまり、あたかも両神殿滅亡以後の歴史が同様の歴史になる、ということを示すかのように、両神殿は同じ日に滅亡したのです(図を参照)。


再臨前後の歴史

 つぎに、キリスト再臨前後の歴史を見てみましょう。これも六つの段階から成っています。そしてこれは、初臨前後に起きた歴史にきわめて類似するのです。

 キリスト再臨前後の歴史の第一段階は、紀元七〇年のエルサレム滅亡です。
 当時建っていたヘロデ神殿は、かつてのソロモン神殿と同日に破壊されました。そしてユダヤ人は、この日以来、全世界に離散したのです。


ユダヤ神殿の滅亡

 第二段階は、このユダヤ人の全世界よりの帰還です。
 かつてバビロン捕囚の民が長い年月ののちに帰還してエルサレムを再建したように、彼ら離散のユダヤ人は、一九世紀後半から故国に帰還し始め、ついに一九四八年イスラエル共和国を建国しました。


イスラエル共和国建国

 さて、ここまでは皆すでに起きたことであり、過去に属する事柄です。次に、段階は未来に入ります。キリスト再臨前後の歴史における第三段階です。

 第三段階は、エルサレムにユダヤ教の神殿が再建されることです。
 というのは、キリストは、ご自身の再臨の時が近づいた時代には、
 「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべきものが、聖なる場所(神殿)に立つ」(マタ二四・一五)
 と言われました。ですからキリストの再臨が近づいた時代には、エルサレムにユダヤ人の神殿が存在していなければならないのです。
 しかし今日、ユダヤ人は、自分たちの神殿を持っていません。
 かつて第一神殿、および第二神殿があった場所には、現在イスラム教の建造物が建っています。そこに、やがてユダヤ教の第三神殿が建てられなければならないのです。
 ユダヤ教徒が、エルサレムの「嘆きの壁」の前で祈る姿は有名です。彼らはそこで何を祈っているのでしょうか。彼らはそこで、神殿が再建されることをひたすら祈っているのです。
 今日、神殿再建への願望は、ユダヤ人の間でますます高まっています。神殿が再建された時に、第三段階が成就するのです。

 つぎに、第四段階の出来事は、「獣」の出現、および、再建されたエルサレム神殿に再び「荒らす憎むべきもの」が立てられることです。
 主イエスは、終末や、ご自身の再臨が近くなったとき、その前兆として、
 「エルサレムは、異邦人の時期が満ちるまで、彼ら(異邦人)に踏みにじられているであろう」(ルカ二一・二四)
 と言われました。またそのときには、
 「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべきものが、聖なる場所(神殿)に立つ」(マタ二四・一五)
 と。主イエスは、終末の近づいた時代に「荒らす憎むべきもの」がもう一度神殿に立つ、と言われたのです。
 すなわち、神殿再建後しばらくはユダヤ人はそこで祭儀を続けますが、そののちエルサレムは異邦人の軍隊によって踏みにじられます。神殿も荒らされ、そこに「荒らす憎むべきもの」が立てられるのです。
 「荒らす憎むべきもの」とは、紀元前二世紀のエピファネスのときと同じように、偶像のことでしょう。黙示録は、終末の時代に「獣」と呼ばれる世界的独裁者(反キリスト)の彫像が造られること、また人々がそれを拝むことを、預言しています。
 「(獣に仕える偽預言者は)あの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた」(黙示一三・一四)。
 この「獣の像」が、「荒らす憎むべきもの」でしょう。さらに、「獣」(独裁者)自身も「荒らす憎むべきもの」となるはずです。
 「(獣は)自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する」(二テサ二・四)
 と預言されているからです。
 かつて紀元前二世紀に、エピファネスがゼウス神の偶像を神殿に立てたように、「獣」も、自分の像を神殿に立てるでしょう。またエピファネスがユダヤ教の根絶に最大の努力を払ったように、「獣」は、ユダヤ教とキリスト教の根絶に最大の努力を払うことでしょう。「獣」は、エピファネスがなしたと同じようなことをするのです。
 かつてエピファネスがエルサレムを踏みにじったとき、その期間は"約三年半"でした。
 当時の様子を記した記録である『マカベア書』(古代ユダヤ文書)によると、エピファネスがエルサレムを本格的に踏みにじり始めたのは、紀元前一六七年のことでした(何月かは不明)。そして「しばらくして」、その年の一二月に、彼はゼウス神の祭壇を神殿に設置しました。
 神殿は、遊女の歓楽するところとなり、淫乱と遊興に満たされました。その後反乱が起きて、「マカベアのユダ」という指導者によって、エルサレムはユダヤ人に奪回され、神殿は清められました。紀元前一六四年一二月のことでした。
 このように、エピファネスによってエルサレムが踏みにじられた期間は、三年と何か月かであり、約三年半でした。同様に終末の時代に、「獣」は三年半の間エルサレムを踏みにじる、と言われています。
 「彼ら(異邦人)は、聖なる都(エルサレム)を四二か月の間、踏みにじる」(黙示一一・二)。
 四二か月・・すなわち三年半の間、エルサレムは終末の日に、再び踏みにじられるのです。

 次に、時は第五段階に入ります。キリストが再臨されるのです。
 キリストは、「王の王」「主の主」として再臨されます。キリストは再臨されると、ご自身の支配権を全地に伸ばされます。

 最後は、第六段階です。キリストは、ご自身の力強い御手によって、全地に審判を下されます。彼は世界の悪を一掃し、悪に終止符を打たれます。しかしキリストは、このとき神を愛する人々、すなわち神の御教えに従って歩んできた人々を救われます。

 このように、キリスト初臨前後の歴史の第六段階が紀元七〇年の「エルサレム滅亡」であったのに対し、キリスト再臨前後における第六段階は、キリストによる「終末の審判」です。しかしじつは紀元七〇年の「エルサレム滅亡」は、「終末の審判」の一つの予型であり、対応関係にあります。
 というのは、かつて紀元七〇年のエルサレム滅亡の時に、エルサレムは猛火で焼かれました。一方、主イエスの再臨のときは、
 「主イエスが、炎の中に、力ある御使いを従えて天から現われ」(二テサ一・七)
 世界に火による審判を下されます。


キリストの再臨時に、審判と救いが同時に起こる

 紀元七〇年のエルサレム滅亡は、明らかに終末における世界の審判の一つの"絵"であり、予型なのです。それは、主イエスがマタイ福音書二四章などで、紀元七〇年のエルサレム滅亡と終末の滅亡とを、"二重写し"に語られていることからもわかります。
 ちょうど、二つの隔たった山を遠くから見ると、重なって見えるのと同じです。イエスは、紀元七〇年のエルサレム滅亡と終末の滅亡という二つの大きな"山"を、二重写しに預言されたのです。
 当時のエルサレムは、「神の都」として立てられたものでありながら、堕落して偽善に満ちており、イエスもそこで十字架につけられたのでした。同様に現在の世界も、本来は神の世界として造られながら、神を捨て、邪悪と淫乱とに満ちています。
 紀元七〇年にエルサレムが、「その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなる」(マタ二四・二)ほどに壊滅したように、やがて邪悪な世界の事物の体制がまったく滅び、根本から改革されて、神が「すべてのものを新たにする」(黙示二一・五)時が来るでしょう。
 ある意味では紀元七〇年のエルサレム滅亡は、終末の世界の審判の"縮図"だったのです。

 かつて紀元七〇年のエルサレム滅亡の時、クリスチャンは一人も死にませんでした。終末の滅亡の時も、クリスチャンは一人も死なないでしょう。それは聖書が約束していることです。キリストは言われました。
 「(その時)あなたがたの髪の毛一すじも失われることはありません。あなたがたは忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます」(ルカ二一・一八〜一九)。


初臨前後の歴史が再臨前後の歴史において繰り返される

 以上見てきたように、イエス再臨の際も出来事は、
   (1)エルサレム滅
   (2)ユダヤ人帰還
   (3)神殿再建
   (4)荒らす憎むべきもの
   (5)イエス再臨
   (6)終末
 という順序で起きていくのです。
 各項目が、イエス初臨の前後の出来事と対応関係にあることに、注意してください。同じような出来事が、イエス再臨前後の歴史の中に繰り返していくのです。
 再臨前後の歴史において、(1)と(2)はすでに起きました。(1)から(2)の時までは、約二千年の年月を要しました。
 しかし、やがて(3)の時、すなわちエルサレムにユダヤ教神殿がたてられ、さらに(4)の「荒らす憎むべきもの」によってそれが踏みにじられる時が来れば、そののち主が私たちの救いのために再臨してくださるまでの期間は、そう長くはありません。それは主が、
 「選ばれた者(クリスチャンたち)のために、その日数は少なくされます」(マタ二四・二二)
 と言って下さったからです。


神殿再建の準備は整いつつある

 エルサレムにユダヤ人の神殿が再建されれば、キリストの再臨は近い、と述べましたが、将来ユダヤ人の神殿が再建されるなどということが本当にあり得るのでしょうか。
 最近、イスラエルでは、神殿再建のための活動が活発化しています。
 ユダヤ人は、将来再建されるはずのこの神殿を、「第三神殿」と呼んでいます。第一神殿はソロモンの建設した神殿であり、第二神殿は、ゼルバベルによって再建されヘロデによって修復された神殿でした。第一神殿、および第二神殿は同じ場所にありました。未来の神殿である第三神殿も、第一神殿と第二神殿のあった場所に建てられるはずです。


ユダヤ人画家が描いた第三神殿想像図

 イスラエル議会の議員ゲウラ・コーヘンは、最近、ユダヤ人が聖地で礼拝できるように、聖地の開放を立法化する計画を立てています。またイスラエルに本拠地を置く「神殿の丘忠誠団」や、米国コロラド州に本拠地を置く「ユダヤ神殿建設同盟」なども、第三神殿の建設に向けて活動を活発化しています。
 第三神殿への関心は、イスラエルにおいて、今では単に一部の宗教家たちの現象ではありません。イスラエルの一般大衆紙も、神殿再建に向けての記事を、掲載するようになっています。一九八九年二月一一日付けの『エルサレム・ポスト』紙は、こう記しました。
 「現代のユダヤ人は、神殿再建の使命にかられて、何とかしてこの困難な夢を実現させようとしている。彼らの心の内に秘められた使命感が、その夢を実現へと導くであろう」。
 ユダヤ人の歴史家ダビッド・ソロモンも、神殿再建はユダヤ民族にとって不可欠のものである、と発言しました。
 こうした声を受け、イスラエル政府も最近、神殿再建に向けて動き出しました。一九八九年にイスラエル政府は、「神殿調査協議会」を正式に設け、第三神殿建設の準備と調査に国家として動き出したのです。
 さらに、確かな証拠はありませんが、うわさでは、神殿再建の際に使用される石が、すでにイングランド中部のベットフォードやアメリカ中西部のインディアナで切り出され、船でイスラエルに輸送されたと聞きます。
 これは、イスラエル側にとっては秘密のことです。イスラエルでは石の輸入は禁止されているからです。
 しかしもしこれが本当の話だとすれば、神殿再建に必要で充分な石は、きっとすでにプレカットされて、どこかに隠されているでしょう。第三神殿は、やがて建設が開始されれば、きわめて短期間のうちに完成するに違いありません。
 第三神殿建設のための準備は、今やイスラエルの至る所で繰り広げられています。
 嘆きの壁のすぐ近くに、タルムード(ユダヤ教の教典)を学ぶ学校が、二つあります。そこでは二〇〇名余りの学生が、やがて神殿の祭司として奉仕するために、事細かな勉強を行なっています。
 第三神殿で再開されるはずの「犠牲の供え物」に関する研究も、ある団体で行なわれています。神殿完成時の落成式に必要な「赤い雌牛」も、準備されつつあります。
 旧約聖書・民数記一九・一〜一〇によれば、神殿の完成時には、傷がなく、まだくびきを置かれたことのない完全な赤い雌牛を焼かなければなりません。
 ユダヤ教の教えにおいては、その灰を集め、祭司は神殿に入る前に、その灰で自分の身を清めなければならないのです。その赤い雌牛を得るため、最近ラビ(ユダヤ教教師)の一行は、ヨーロッパで若い雌牛の胚を捜し求め、それらを持ち帰ってイスラエルの牛の群れに移植したといいます。
 また、エルサレム旧市街にある「神殿研究所」(テンプル・インスティテュート)も、第三神殿のための準備に励んでいます。そこでは神殿祭具の研究や、その展示が行なわれています。
 そこの職員の説明によれば、そこで展示されている神殿祭具は見本や模型ではなく、すべて本物であり、神殿さえ再建されればすぐにでも第三神殿で使えるものだといいます。
 すべての祭具は、厳密な研究と、多くの資料の分析とによって製作されたものです。もちろん、観光客目当てに作られたのではありません。それらは神殿再建に対する切なる願いから、生み出されたものなのです。
 ユダヤ教徒の間には今、メシヤ到来の日は近い、との感がかなり高まりつつあります。
 彼らユダヤ教徒は、メシヤ到来の日に、そのメシヤとはじつは再臨のイエス・キリストであることを、知ることになるでしょう。そのときまで、彼らはまだメシヤが誰であるかを知ることなく、その到来を待ち望んでいます。
 メシヤに対する彼らの待望は、第三神殿建設への熱意に結びついています。ユダヤ教のある神学生が、後悔するような口調でこう言いました。
 「我々にもっと信仰があったなら、メシヤはすでに到来していたはずだ! 神殿も再建されていたはずだ! より良い世界をつくり出せたはずだ!」
 イスラエルでは、メシヤを意識する人々が、急速に増えています。自分たちが終末の時代に生きている、という自覚の高まりが、イスラエルで見られ始めているのです。そして、それは第三神殿建設に向けての動きに、しっかりと結びついています。


第三神殿建設はいつか

 第三神殿は、いつ建設されるのでしょうか。それは必ず、いつか建設されるものです。それが今年か、来年か、あるいはもう少し先か、それはわかりません。
 しかし私たちは、イスラエルの著名な歴史家イスラエル・エルダッドの言葉を、思い起こします。彼は、一九六七年の「六日戦争」によってユダヤ人がエルサレム旧市街を奪回した直後に、インタビューに答えてこう語りました。
 「ダビデ王が初めてエルサレムを占領して以来、ソロモンが神殿を建てるまで、たった一世代しか経っていません。だからわれわれの場合も、一世代のうちに再建するでしょう」。
 ユダヤ人が「一世代」というとき、それは四〇年を意味します。この返事に驚いた記者は、こう質問しました。
 「しかし、神殿の跡地に建っている(イスラム教の)岩のドームはどうなるのですか」。
 これに対し、エルダッドはあっさりとこう答えました。
 「もちろん問題なのははっきりしています。でも、どうなるって、わかりゃしない。地震でも起こって倒壊してくれるんじゃないかな」。
 もちろんこの言葉は、ユダヤ人の一歴史家の所感にすぎません。しかしこの言葉には、一九六七年以後の一世代のうちにぜひとも第三神殿を建設したいという、ユダヤ人の切なる願いが込められています。
 第三神殿は、いずれ近いうちに建設されることになるでしょう。それは一九四八年のイスラエル共和国建国に次ぐ、世界のビッグ・イベントになるのです。
 そしてユダヤ人は、旧約時代と全く同じように、第三神殿において様々な祭儀を開始するでしょう。彼らはまだ"旧約時代"に生きているのです。しばらくの間、彼らは平和の内にそれを続けるはずです。
 しかしやがて、異邦人の国の中に、強力な独裁者が現われ、野望を抱くようになります。彼は自分を神とし、キリスト教およびユダヤ教に対しても、激しく敵対するようになります。
 彼はエルサレムに侵略軍をさし向け、そこを踏み荒らすでしょう。そして第三神殿の中にも土足で踏み入り、自らを神と宣言します。また、そこに自分の偶像を置いて、人々に拝ませるでしょう。
 これが、キリストの預言された「荒らす憎むべきもの」です。そのとき、世界の悪は最高潮に達するのです。
 しかし、そこにやがて神の裁きが下ります。キリストが再臨されるのです。
 キリストは、地上の悪の勢力を一掃し、反キリスト(獣)を滅ぼされます。そのときすべてのユダヤ人は、イエス・キリストこそ真のメシヤであったことを知るでしょう。
 そして彼らは、みなキリスト教徒になるのです(黙示一・七、ロマ一一・二六)。肉のイスラエルは、みな霊のイスラエル(クリスチャン)に生まれ変わります。彼らは霊のイスラエルに合体するのです。
 ユダヤ人は、決して神から捨てられてはいません。彼らは今も、神のご計画と摂理の中にあります。
 ユダヤ人の多くは、まだイエス・キリストを知りませんが、それは使徒パウロの言っているように、「異邦人の完成のなる時まで」(ロマ一一・二五)のことです。異邦人に対する世界宣教が完成すれば、その後にユダヤ人の時がやって来るのです。
 キリストの福音の世界宣教がほぼ達成されつつある今、ユダヤ人の大リバイバル(回心)のときは刻々と近づいています。第三神殿建設は、その歴史の究極に至るための、一つのステップです。
 第三神殿が建設されれば、イエス・キリストの再臨は間近なのです。

久保有政

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