「日本人とキリスト教」
 

 

 


池袋キリスト教会牧師 久保有政

 

今日はマタイの福音書の20章の20節からお話したいと思います。

 

「そのとき、ゼベタイの子たちの母が、子供たちといっしょにイエスのもとに来て、ひれ伏して、お願いがありますと言った。

 イエスが彼女に、『どんな願いですか。』と言われると、彼女は言った。『私のこのふたりの息子が、あなたの御国で、ひとりはあなたの右に、ひとりは左にすわれるようにおことばを下さい。』

 けれども、イエスは答えて言われた。『あなたがたは自分が何を求めているのか、分かっていないのです。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか。』彼らは『できます。』と言った。

 イエスは言われた。『あなたがたはわたしの杯を飲みはします。しかし、わたしの右と左にすわることは、このわたしの許すことではなく、わたしの父によってそれに備えられた人々があるのです。』

 このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた。

 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。『あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは彼らを支配し、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。

 あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。

 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。

 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。』 」

 

今日はこの個所から「日本人とキリスト教」と題して、恵みを受けたいと思います。

江戸時代に、白隠禅師という方がいました。白隠禅師は駿河の国の、富士山麓の原という町に松蔭寺というお寺のお坊さんでありましたが、大勢の門弟を抱え、名僧と呼ばれる方でした。ある時に、檀家の豪商の娘が未婚の身でありながら妊娠しました。そのお父さんが「なんという不埒な娘だ、相手は誰だ!」と問い詰めました。しかし、娘は頑として答えません。父親がなおも問い詰めると、娘は「じ、じつは、白隠和尚なのです。」と答えました。

こともあろうに、相手が尊敬する禅師と知って、父親の怒りは大変なものでした。月満ちて、子供が生まれると、すぐお父さんは子供を抱いて、白隠和尚のもとに駆け寄り、子供を和尚の前に投げ置いて、「娘の言うとおり、和尚の子に相違あるまい。どうだ!」、と決め付け、思うままに和尚を罵りました。

 小さな村のことですので、騒ぎが大きくなり、弟子達もつまずきまして、みんな寺を出て行ってしまいました。寺はすっかり寂れてしまいました。それからというもの、雨の日も風の日も和尚は泣く赤ん坊をおんぶして、托鉢に出かけました。「誰かこの子に乳をやってくれるかのう。」と。

町の人々は「その子はほんまに和尚の子かいな」、と言いました。和尚は「ああ、わしの子じゃよ。この子の母親がそう言うのだから、間違いあるまいて」、と答えました。

世間の目は冷たく、なかなか乳がもらえずに、和尚は子どもに粥をといて与えたりしました。それから数ヶ月後のこと、朝風も梅雨に冷たい日のこと、和尚は托鉢をしながら歩いていました。それを窓ごしから見ていたあの娘は居ても立ってもいられなくなって、父親の前に跪いて許しを請いました。

「お父さん、お許し下さい。あれは和尚の子ではありません。私と番頭との間に出来た子なのです。お父さんは信心深い人だから、和尚が相手だと言えば、きっと許してくれると思ったのです。」

と白状しました。驚いた父親は、さっそく寺に参上して、和尚の前に平身低頭してお詫びしました。白隠は黙々とその話を聞きながら、

「そうか、それは良かった。この子にも本当の父親がいたとはのう。これも仏様のご加護じゃ。」

と言いながら、にこやかに笑っていたというのですね。さんざん、周りから非難された後ですが、真実が明らかになると、白隠和尚の名は一層その周りに広まりまして、この物語は浪花節や浄瑠璃にまで仕組まれまして、全国に広まりました。

 

 私たちのイエス様、主イエス様は、

「柔和な人は幸いです。その人は地を相続するからです。」

と言われています。柔和な人とは何なのか。私たちはこの話から本当に教えられるのではないでしょうか。柔和な人とはただニコニコしている人ではありません。我を張らない、ということです。白隠禅師の態度を見るときに、柔和というのは何だろうか? ということを教えられるのです。柔和そのものである。人から何を言われようと、完全に我を滅しているのです。

 マタイの福音書の20章、20節以降に、お母さんが出てきまして、子ども達と一緒にイエス様の下に来て、ひれ伏して「お願いがあります」、と言いました。イエス様が「どんなお願いですか」、と聞くと、彼女は、

「私のこの2人の息子を、あなたが天に帰られました時に、一人を右大臣に、もう一人を左大臣にして下さい。」

と願いました。まあ、すごいお願いをしますけれど、ずうずうしいようなお願いをしました。イエス様がなんと答えられたかといいますと、

「あなたがたは自分が何を求めているのか分からない状態です、あなたがたは私の飲む杯が飲めますか?」

と答えます。この杯は受難のことを意味します。彼らはイエス様の言う意味が分からずに、「出来ます」、と答えます。イエス様は、

「私の右と左に座らせることは私の許す事ではなく、父のお許しになることです。」

と言われました。イエス様の言われたことはなんでしょうか。白隠禅師の態度を見ますと、禅師は名声の中にあったんですけれど、名声がなくなって寺が寂れて、皆から冷たい目で見られる時であっても、柔和な態度を崩さなかった。つまり、彼にとっては、人の上に立つか、あるいは人から嘲られるか、ということは関係なかった。これこそイエス様の言われる柔和です。

弟子達のように、名声を求めようとすること、これは柔和に反することなのです。私たちが考えるべきことは、私は偉いか、皆からどのように見られているだろうか、ということではない。そういうことを気にするのではなくて、神様の前に、どのような人間として歩んでいるか、そういうことが大切だということを教えられるのではないでしょうか。

 旧約聖書を見ていましても、モーセという人が出てきますが、本当の柔和さを持った人だったのです。絵なんかを見ますと、怖い人に描いていますので、近寄りがたい人だな、と思ってしまいますが、聖書を見ますと、

「モーセはその人となり柔和なこと、地上の全ての人に勝っていた。」

と書かれています。どういうことかと言いますと、ある時モーセの姉である女預言者ミリアムが、

「あなたはイスラエルの指導者でありながら、クシュ人などという異邦人を妻にしている。」

と責めたてたことがありました。また、主が姉である自分を差し置いて、モーセばかりを用いる、と不満をこぼしたことがありました。そうしますと、彼女に神の裁きが下り、彼女はハンセン病になりました。しかしモーセはその時に、神に彼女の癒しを切に祈りました。

モーセは人から非難を受けてもうろたえず、ただ神様のお与えになる義、つまり神様の前に自分がどのような人間として見られているか、ということだけを思いました。つまり、人から自分がどのように見られているか、誰が自分を非難するか、誰が自分をどう思っているか、ではなく、ただ神様が私をどう思っているかだけに生きていたんですね。

ですから、自分を非難したミリアムのためにさえ癒しを祈ることが出来た。周りがなんと言おうと、自分は自分の為すべきことをしていくのです。我をはらないんです。人からどんなにあしざまに言われようと、あるいは人の非難・中傷を受けようと、それをひっかぶって平気でいるんです。

ちょうど白隠禅師のように、モーセという人はそのような柔和さ・温和さを持った人であった訳です。ですから、その柔和さとは、そういうことであるのです。私達の主、イエス・キリストはそのような本当の柔和さを持ったお方でありました。

ある時、「罪の女」、と聖書が書いていますが、この場合、売春婦であったと思うのですが、その女性がイエス様のもとにやってきまして、涙でイエスのみ足を濡らして、髪の毛で拭って、またみ足に口付けし、香油を塗りました。これがパリサイ派の人達の前で起こりましたが、パリサイ派の人達は、

「ああ、いやらしいことをしている。」

という目つきでそれを見て、陰でいろいろイエス様のことを非難していました。イエス様はそういう中で平然としていて、

「多く許されたものは、多く愛するのだ。」

と、その気の毒な女性をかばっていたのです。こういう姿から、本当の柔和さというものを教えられるのです。私はいつも思うのですが、本当の柔和さというのは、実は自分の内側にしっかりしたものを持っている、ということだと思うのです。単にいつもにこやかな顔をしているということではなくて、自分の内側にしっかりとしたもの、強さを持っているのではないと、柔和さは出てこない。つまり柔和さとは弱さから出るのではなくて、強さから出てくるものです。

 

私達はイエス様の教えた真の柔和さを、モーセから見ることができる、またイエス様が復活した後のお弟子さん達、またパウロにも見ることが出来ます。同時に、日本の歴史を見ていると、例えば白隠禅師、良寛さんのような日本人のような宗教家の中にも見ることができます。

私は、日本で何故仏教が広がったのか、と思いますと、白隠禅師のように、本当の意味で、日本人の中に溶け込んで布教活動をした人がたくさんいたからだと思うのです。仏教というのは、インドではとっくの昔に廃れてしまいました。インドに行って仏教のことを聞くと、「ああ、それはヒンズー教の一派でしょ。」、という答えが返ってきます。

それが、日本では非常に栄えたのです。それは、日本では民衆の中に溶け込んだお坊さんがたくさんいたからだと思います。もちろん、最初に仏教が日本に入ってきた時は、たくさん醜いことがありました。仏教と神道との間に、宗教戦争があって、仏教徒の蘇我氏は天皇を殺したり、その皇子たちを殺したりしました。

しかし、その後仏教が日本に根付く中で、本当の宗教家達が現われていくんですね。これは、日本人の宗教的体質というものを理解する上で、非常に重要なことです。日本では、誰が偉いか、誰が上で誰が下か、といったことを乗り越えた人が多く現われた。

これは西洋の宗教事情とは大きく異なります。私は、例えばアルバート・シュバイツァー博士という方を尊敬していて、彼の人生、また彼の書いたものをよく読みました。彼は本当に素晴らしいことを為しました。暗黒大陸と呼ばれたアフリカの奥地、コンゴのランバレネというところに入り込んで、未開の土人、また不衛生な黒人に医療・衛生を教え、また宣教を為しました。

素晴らしい働きを為したのですが、それでも、彼の書いたものを読みますと、日本人の感覚としてはちょっとついていけないところがありました。例えば、

「黒人との交際には、親しみと権威とを結びつけることが大切である。例えば、私はお前の兄弟だ。だが、兄だ。という言葉を、私はつくり出した。」

と言っています。この言葉には、白人はお兄さんで、黒人は弟だ、という支配感情が感じられるのですね。我々文明人が、気の毒な君たちを教えてあげよう、ということが感じられる訳なんです。これは白隠の伝道の仕方、またイエス様がこの記事で教えられていることとは違うことなんです。

 

「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思うものは、あなたがたのしもべになりなさい。」

 もう、誰が偉いか、自分が偉いか、自分が兄であるか、弟であるか、そうしたことを考えているうちは、まだあなたは本物ではないんですよ。そのことを私達は知らないといけない。日本には「和光同塵」という言葉があります。これは、人々を救うためにしばらく自分の光を隠して、罪や悩みの塵に満ちた人の世と自分を同じくすることを意味します。

つまり、塵のような世界の中に自分が入っていって、自分をその中に身を同じくして、その中で光り輝いていく、ということなんです。

光を隠して、その中で世界を救って行くという思想なんですね。こうしたことが、私達にとって大切なんではないでしょうか。イエス様はある時に、世の光になりなさいと言われてますね。一方では地の塩になりなさい、とも言われています。

私は何故このふたつの事を言われたのだろうと、よく思ったのですが、世の光というのは何かと言うと、目立つところにあります。高い山の上に光があれば、誰でも見ることが出来るし、また、光輝いているのを見て、あっ、あそこから光が来ているんだ、と誰でも分かることが出来ます。

反対に、地の塩というのはそうではありません。地の塩というのは、誰からも気付かれないのです。しかし、着実にその効果を上げて、地の腐敗を防いでいくのです。ここに地の塩があるとは誰も分からない、しかし、その存在によって、人々は救われていくし、腐敗が防がれていくのです。

よく、クリスチャンの中にもあるんですけど、世の光になろうとする人はたくさんいるんですけれど、地の塩になろうとなかなかしないんですね。それは間違いではなかろうか。つまり、私達は世の光になる前に、つまり人々に目立つ、感謝される、誉められる前に、地の塩になっていかなくてはいけない。

たとえ誰に気付かれなくても、誰から誉められなくても、あるいは感謝されなくても、着実に腐敗を防ぎ、また人々の救いに役立っていく、そういう存在になっていく、そうした事が和光同塵ということではないだろうか、ということを思うんですね。

今色々と、ボランティア、という事がいわれるようになって、日本でもボランティアに参加する人達が増えてきました。本当に素晴らしい働きをする人もたくさんいらっしゃいますが、中には自己満足でする人もいるんですね。私はよくそういう人達を見てきました。本当に熱心になさるんですが、ちよっと自分と考えが違うと、周りの人達を批判し始めるんです。

それに、自分はこんなにいい事をしているのだから、他のことはある程度いい加減でもいい、というところがあり、周りに迷惑をかけてしまうこともあるのです。お金にルーズだったり、借りたものを返さないとか、行く先々で人の悪口を言ったりだとか、そういうことをするんですね。

世の光として、人々から感謝されているかも知れないけれど、地の塩になってないんですね。つまり、世の光になる資格のある人は、まず地の塩としても生きている人間であると、言えると思います。誰からも思われず、感謝されなくても、陰で本当に神様の喜ばれることをしている、ということが大切です。

地の塩として生きていれば、その人は世の光にもなり得る人ですよ、ということを私はよく思います。ですから、クリスチャンは、世の光になる前に、地の塩として生きていくことが大切なんではないでしょうか。

かつてアッシジのフランシスという人がイタリアにいましたが、彼も本当の柔和さ、謙虚さを持ちまして、地の塩としていきました。だからこそ、彼を通して、多くの人がクリスチャンになっていきました。爆発的に広がっていった。周りはですね、ヨーロッパのキリスト教の暗黒時代と呼ばれ、それこそおごり高ぶったような教会がたくさんあった時代にあって、彼は民衆の中に入っていった。ヨーロッパにもそう言う人がたくさんいました。地の塩として生きた人がいました。ただ輝こう、人の前に立とう、左大臣・右大臣として人の上に立とうと言う人は、まだ本当のものを持っていないということなんですね。

日本では江戸時代に、桃水という人がいて、いくつかの寺の住職となって、彼の名声はどこでも高まっていましたが、ある時に自分の高い地位を捨てて、飄然と寺を出まして、貧しい乞食たちの群れに身を投じました。つまり、アッシジのフランシスのような生き方をしたんです。社会の底辺にすむ貧乏人、ハンセン病の人達を友として、一緒に暮して一所不住の生涯を送りました。乞食の人達も彼を尊んでやまなかった。

あるとき、桃水が道端で草鞋を売っていると、偶然にも、かつての弟子が通りかかりました。この弟子は、今は江戸の偉い殿様のお抱えになっていて、雲歩禅師といいました。その弟子が、かつての師匠を見つけて、「こ、これは桃水殿ではありませんか。」と言いました。

桃水は、「ああそうだ。ところでお前はどこに行くんだ。」と聞きますと、弟子は「はい、江戸表の殿様のところに参ります。ところであなた様はそうしてそんなお姿で」、と訊ねますと、桃水は「ご覧の通り、乞食坊主よ。」と言って、桃水は自分のみすぼらしい姿なんか気にしない。

その有り様をみて驚いたのは、周りの乞食とハンセン病人です。今までただの乞食坊主と思っていたのが、実は偉いお坊さんであって、偉いお弟子さんが尊敬を持って語っているのを見て、俄然有名になった。

また、桃水の前の時代にも、空也や一遍という、有名なお坊さん達がいました。彼らはいつも民衆の中に入っていく人でした。空也踊りとか踊念仏を聞いたことがありますか。つまり、日本の歴史を見ていきますと、フランシスみたいな人がたくさんいました。この狭い日本の中に、歴史の中にたくさんいました。

例えば良寛和尚、彼は自然万物を友として、天衣無縫の人と呼ばれました。誰とでも友達になり、京都の祇園にいくと、舞妓さん達と手まりをついたと言われています。子どもといれば、かくれんぼして遊ぶ。彼は庶民と共に、ひとつになっていった。

イエス様は「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい」と言われました。日本には、このみ言葉を生きた人達、もちろんイエス様のみ言葉は知らなかったんだけれども、イエス様の教えた真理に生きた人がたくさんいた。つまり、日本人は本物と、そうでないものを見極める力を昔から持っていた。

 

 福音書を読みますと、他のところでも、弟子達の間で誰が偉いか、という話題が出てきている。読んでみましょう、マタイ伝18章です。

「そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。『それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。』 」

 やっぱり弟子達は、誰が偉いか、自分は偉いだろうか、右大臣・左大臣になれるだろうか、とまだ気にしているんですね。

「そこでイエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、言われた。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。』 」

 つまりですね、イエス様の教えた真理を、その通りに生きた人が日本にはたくさんいた。私達は、自分が偉いのか、そうでないのか、そんなことを考えているうちはまだ本物ではないのです。私はこの教会でどう見られているか、あるいはキリスト教界の中で自分はどのような存在なのだろうか、そのようなことを考えている内は、まだ本物ではないのです。ただ、神様の前に、自分はどのように取り扱われているだろうか、それを思うことが大切なのです。

その心を持って生きること、民衆の中に生きることです。イエス様ご自身も、高い天の上におられても、その神の在り方を捨てることが出来ないとは考えずに、地上に降りてこられた。そして庶民の一人となって辛酸をなめ、民衆と一如となって生きたお方です。それがイエス様であった。

イエス様のご生涯を見ると、まさに和光同塵の生涯であった、と知ることが出来るんですね。これを知りますと、イエス・キリストの福音は真に東洋的である、西洋のキリスト教とはだいぶ違うんだ、ということを思わされます。

日本人は昔から偉大な宗教家の下に育って、高度な宗教的霊性を養われてきたんですね。ですから、日本人を教えるためには本物のキリスト教、いいですか、本物のキリスト教をもってしないと、絶対に無理なんですね。昔、フランシスコ・ザビエルが教皇庁に手紙を書き送ったのですが、なんと書いたかというと、

「日本人は非常に優れた民です。日本に来る宣教師は二流の者では駄目です、一流の人を送ってください。」

と書き送っています。

 ですから私達は本当に白隠禅師、良寛和尚のような民衆の中に入り込んで行くクリスチャンにならなければ、この日本の中にリバイバルをおこして行くことは出来ません。私達自身が本物にならなくてはいけないのです。今や必要なのは、日本人のために、日本人の中に開かれたキリスト教、輸入もののキリスト教ではなくて、日本的霊性で捉え直したキリスト教です。

つまり、キリスト教を日本化するということではないですよ。西洋化したキリスト教をそのまま日本に移植するのではなく、日本人のために、日本人の中で開かれたキリスト教、日本人の霊性で捉え直したキリスト教をしっかり育てて行く必要があるんです。

 

 

 また、第二のこと、第二に大切なことは、日本の国とその伝統を愛するということなんです。「聖書と日本フォーラム」の新しいニュース・レターの中に、「私の教会遍歴」という記事を書いた方がいるんですが、その中の一部を読みます、

 

「世は、昭和天皇が崩御され平成に移行し、例の『大嘗祭』が行われようとしていた時のことです。

 当時、一家四人で足しげく通い始めた近所のバプテスト教会でも信徒教育の一貫としてでしょうが、好機到来とばかりに、聖書から観た大嘗祭とは何かというテーマによる勉強会がもたれました。聖書神学校の教師も兼任していたその牧師が曰く『天皇として即位した人間が代々の皇祖悪霊らと共に闇の中で挙行する霊的姦淫であり、生涯に唯一度の霊肉寝食合一の非聖書的な忌むべき神道儀式である』と糾弾するのでした。

(中略)その解説はまことに理路整然、一分の隙もなく聖書のそこかしこを引用する…

(中略)しかしです、同時に私の心を一瞬よぎったのは、『親のカタキじゃあるまいし何もそこまでボロクソ言わなくとも!…ほんまかいな?』という、曰く言い難い一抹の当惑のようなものでもあったのです。

(中略)今度こそ三度目の正直と、期待した所は長老派のキリスト教会でした。責任者は日系三世のアメリカ人宣教師です。

 血統的には純血種(?)の日本人ですが、姿形はどこから見ても日本人そのものですが、中味は完全なアメリカ人です。(略)そして向かえた例の「9・11」以降、彼の本心を垣間見ることになってしまったのです。「カミカゼ」をして自爆テロの走りだと思っているらしく、ルーズベルトの陰謀も知らないパトリオットの宣教師は真珠湾は絶対に日本の騙し討ちだと信奉し、トルーマンの原爆投下をして戦争終結の必要策と是認、中国共産党の廻し者が言い出しっぺの南京事件を鵜呑みにして…『日本人のことだから、従軍慰安婦問題もきっとその通りだ』…云々。(略)その時以来、新しい主にある兄弟・聖書の教師と信じたクリスチャンたちの心に潜む共通点を知った時、空気のようでしかなかった「日本」というものが不憫で、あわれで、かわいそうに見えてしまったのです。揃いも揃ってキリスト教会の牧師や宣教師たちの口からも、異口同音に反日デモのシュプレヒコールみたいなことばかり聞かされては、如何に歴史音痴、兼、政治音痴の者でも、ことの真相を確認しなければと思ったのです。」

 

と、彼は言うのですね。それから、色々ほんとにそうなんか、といろいろ勉強したそうなんですが、「聖書と日本フォーラム」に出会って、実は日本の伝統の中にも神様の「贖いの賜物」があるんだ、神道においても神様が用意されたもの、これをよく勉強すれば本当の神様を知る道があることが、分かったそうなんですね。その時、彼は変った、と書いています。

 

「自らが日本人であり、尚且つ日本人クリスチャンであった本当の意味を、聖書から再発見したことなのです。この時以降私にとっての「日本」はなつかしさといとおしさに満ちあふれ、異教徒の忌むべきシンボルと初期設定されていた「村の鎮守の神様」も「社の森」も「朱色の鳥居」も世界不思議大発見、否「日本不思議大発見」の為に、聖書の神様が日本人の救いの為に用意周到に準備されたものであったのを覚えた時、畏れと喜びに満たされ御名をあがめずにはおられませんでした。そして同時に、遥か悠久の歴史をここまで行き抜いてきた祖国日本と日本人をも有り難いと感じた時、吾をも日本人としてこの国に置いてくれた神こそ『主の名は誉むべきかな』と悟ったのでした。」

 

と書いています。何故西洋のキリスト教だけでは駄目なのか、といいますと、彼らは彼らの歴史観を持ってくるのです。私はアメリカ人教師を心から尊敬していますし、教会にも今後もお招きしようと思いますが、しかし、日本での宣教では、日本人の霊性でないと、分からない部分があるのです。ですから、ここにいる兄弟姉妹は皆、心して欲しい。西洋のキリスト教をそのまま持ってくればいいというものではないのです。

あなたの内側に、あなたの日本人としての霊性の中に、イエス様の福音が開かれていかなくてはならない。それこそ、日本でリバイバルが起きる為の種になるのです。

 その上でひとつ参考になることがあります。いま世界で、ユダヤ人でクリスチャンになる人がものすごく増えています。この1900年間、ユダヤ人の間でクリスチャンになる人がほとんどいなかったのですが、20世紀になって、またここ数十年の間でクリスチャンになる人がどんどん増えている。彼らはメシアニック・ジューと呼ばれています。

彼らの神学は、カトリックやプロテスタントとは違います。基本的なものは同じですが、キリスト教のユダヤ性というものをしっかり見据えています。

キリスト教はユダヤに始まったではないか、イエス様はユダヤ人ではないか。この当たり前のことを、自分達の立場から捉え直しました。彼らの神学をメシアニック・ジュダイズムと言います。メシアなるイエス様を信じるユダヤ教である、ということです。これは彼らにとって非常に大事なことです。彼らはイエス様を信じることが、自分達のユダヤ人としてのアイデンティティーを確立することだと信じているのです。クリスチャンになることはユダヤ人を辞めることではない、むしろ本当のユダヤ人になることだと信じているのです。

 日本人の中でも、クリスチャンになると、日本人であることを辞めたような人が結構います。しかし、クリスチャンになることは、むしろ日本人として培ってきたものを確立するものであり、成就することであり、完成することなのです。

 ユダヤ人の中でクリスチャンになる人が爆発的に増えました。彼らは旧約聖書を非常に大事にし、律法を重んじます。過越の祭、仮庵の祭、ペンテコステも盛大に祝います。西洋では、キリスト教をユダヤ的なものから脱皮させようとしてきたのです。むしろ、知らず知らずの内に、ヨーロッパ的なもの、ローマ的なものになってきました。

ですからユダヤ人にとっては、キリスト教が、あれは異教的なものだ、としか見えなかったのです。しかし、今やメシアニック・ジュダイズムが彼らを信仰に導きつつあります。

 このことは、私達にも参考になります。日本人の肌に合うキリスト教の姿を描き出ことが出来れば、多くの人を信仰に導くことが出来ると思います。カトリックでも、プロテスタントでもない、新しい日本でのキリスト教が日本人に開かれていく必要があります。

今でも日本人クリスチャンは、まるで外国の神様を信じているように感じている人がいますが、そうではなく、クリスチャンになることは、日本の伝統を止揚することだと思うのです。私は日本でクリスチャンになって、本当に良かったと思います。日本人でなければ出来ないことがあったのではないかと思います。

 

 私のユダヤ人の友人は、ユダヤ人と日本人のメンタリティーがよく似ていると言います。

 私もよく思うのですが、世界のどこを見回しても見られないほど、日本は本当にユダヤに似た国だなあ、と思います。最近もユダヤ人の女性が、日本に来て非常に大きな印象を覚えた、特に神道はユダヤのものに近いと思う、とインターネットに書きこんでいました。

本当に日本は不思議な国だと思います。教会に来ている人は旧約をあまり学ばない、極端な人は「いらない」、とまで言います。しかし、私は旧約のない新約は、1階のない2階のようなものだと思います。私は知人の国際政治ジャーナリストのことを思い出します。彼はクリスチャンではないのですが、彼はこんな文章のコピーをくれました。

「もし国民を、旧約聖書の民と新約聖書の民に分けられるとするならば、日本人は前者であろう。旧約聖書では、民は神を畏れ、神を喜ばすために神に従い、貢物を捧げた。そして人々と神の間には、運命の舵を握る指導者がいた。新約になると、人々と神の関係は、個人と神の対決へと変り、西洋の個人主義の根底をなす個人の良心が確立させるようになる。私は旧約の時代の方を好んでいる。日本人の精神風土には、神にすがるとか、神様任せ、という人生態度が強い。」云々…

ということを書いています。これは、私も同感する部分がかなりあります。日本人は、旧約聖書的な民だと思います。私達は日本人のままでクリスチャンになることが大事だと思います。

西洋人になってから、クリスチャンになることはないのです。もともと聖書はヘブライズムです。ユダヤ人は過去の伝統を非常に重んじます。伝統を否定されると、決して信仰に入りません。日本人もそうでしょ。確かに日本は偶像的な面もあります。しかし、日本の伝統は真のキリスト教の敵ではないのです。むしろ、キリスト教を育てる為の「養育係」になり得るのです。神道でも仏教でも、そこにキリスト教を接ぎ木させるならば、全体がキリスト教になり得るのです。

 ここに、渋柿があるとしますね。渋柿ばっかり実ってどうしようもない、と思って切り倒そうとするのが、西洋のキリスト教です。でも、もっと賢い方法があるのです。甘柿を接ぎ木するんですよ。すると翌年は全部、甘柿になってしまう。日本の伝統を渋柿みたいに思っても、そこに本当のキリスト教を接ぎ木すれば、全部甘柿に変えることが出来るんです。

繰り返しますが、日本のためのキリスト教は、日本人の霊性の中で捉え直す必要がある。あるクリスチャンは日本の神社に行って、ヨシュアの時代のイスラエル人のように周囲を7回まわって、「悪霊よ、出て行け!」とやるそうです。でも私なんかは、喜んで神社のお祭に行きますよ。そしてそこで、「神さま、先祖の本当の信仰を回復させて下さい。」と祈ります。仏教や神道の人との交わりも、私達の信仰にとってはとてもプラスになると思いますよ。

 

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