終末と新世界

第三神殿が建てられる日
エルサレムに、やがてユダヤ教の神殿が再建される。
それはキリスト再来(再臨)が間近になったことを示す予兆である。

 ユダヤ人は、やがて再建されるその神殿を「第三神殿」と呼んでいる。第三神殿が再建される時――それは1948年のイスラエル建国に次ぐ、世界のビッグ・イベントになるだろう。それはイスラエル建国の時と同様、聖書預言の成就の日なのである。


第三神殿想像図 イスラエルのオフラ・コミュニティーに飾られている写真。

 イエス・キリストは、ご自身が再び地上に来られるときの前兆として、
 「預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべきもの』が聖なる所に立つ」(マタ二四・一五)
 と予言されました。この「聖なる所」とは、言うまでもなく神殿です。ユダヤ人が「聖なる所」というとき、それが神殿以外のものを意味することはありません。
 またこの神殿は、もちろんキリスト教の神殿ではありません。キリスト教徒には、目に見える神殿を建設するという考えはありません。この神殿は言うまでもなく、ユダヤ教の神殿なのです。
 キリストの予言によれば、エルサレムはやがて異邦人に踏み荒らされ、そこに存在するユダヤ教の神殿に「荒らす憎むべきもの」が立てられるのです。
 「荒らす憎むべきもの」とは、終末の時代に現われる反キリスト(獣)の像、また反キリスト自身のことでしょう。
 使徒パウロもこれについて、キリスト再来が間近に迫った時、反キリストが神殿に立つ、と預言しました。
 「まず不法の人、すなわち滅びの子(反キリスト)が現われなければ、主の日(キリスト再来の日)は来ないからです。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮(神殿)の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します」(二テサ二・三〜四)。
 このように終末の時代には悪が栄えますが、その悪に終止符を打つために、やがてキリストが再来されるのです。
 しかし、キリスト再来が間近になった時代にユダヤ教の神殿が荒らされるためには、ユダヤ教の神殿がこの世界に存在していなければなりません。
 けれども、現在ユダヤ教の神殿はこの世界に存在していません。エルサレムの「神殿の丘」には、現在イスラム教の建造物が建っていて、ユダヤ教の神殿は建っていないのです。
 ですから、キリスト再来が間近になった時代に、ユダヤ教の神殿は再建される、と考えられます。
 ユダヤ教神殿が再建されれば、キリスト再来の時は間近に迫った、と考えてよいのです。ただし、神殿が再建される以前にキリスト再来があったり、キリスト者の携挙が起こったりすることはありません。
 ユダヤ人は、やがて再建されるこの未来の神殿を、「第三神殿」と呼んでいます。


第一神殿および第二神殿の歴史

 「第三神殿」という言葉は、イスラエル建国の父ベン・グリオンが一九五七年に使ったのが、たぶん始めてでしょう。彼も、第三神殿の建造を強く望んでいたのです。
 「第三神殿」は、一体どこに建てられるのでしょうか。それは、エルサレム以外には考えられません。
 ユダヤ人は、過去に二つの神殿を建設しましたが、それら「第一神殿」「第二神殿」は、いずれもエルサレムに建っていました。その場所はエルサレムのモリヤの丘であり、全く同じ場所だったのです。
 そこは、かつてアブラハムがひとり子イサクを神にささげようとした場所であり、最も聖なる地です。やがて建てられる第三神殿も、全く同じ場所に建てられなければなりません。それ以外の場所では、意味がないのです。
 ここで、ユダヤ人の過去の神殿――第一神殿、また第二神殿について、簡単に振り返ってみましょう。
 第一神殿は、ソロモン神殿とも呼ばれ、古代イスラエルの王ソロモンが、紀元前一〇世紀に建造したものです。
 この神殿はきわめて壮麗なものでしたが、紀元前五八六年にバビロン帝国の侵略を受けて完全に破壊されました。
 つぎに第二神殿は、捕囚先のバビロンから帰還したユダヤ人たちが、ゼルバベルの指導のもとに、紀元前五二〇〜五一六年の四年間をかけて建造したものです。第二神殿であるゼルバベル神殿は第一神殿に比べると、多少見劣りのするものでした。
 ゼルバベル神殿は、紀元前二世紀になって異邦人アンティオコス四世・エピファネスによって踏みにじられ、その後しばらく荒廃状態が続きました。しかし紀元前一九年頃になって、ヘロデ大王がこの神殿の修理・増築を始めました。
 この工事は、キリストの公生涯の時代にもまだ続けられていました。このヘロデ神殿は、ゼルバベル神殿の修理・増築であるため、一般には同一の神殿とも見なされ、両者を合わせて「第二神殿」と呼ばれています。第二神殿は、ゼルバベル神殿とヘロデ神殿の双方をさすのです。
 第二神殿は、紀元七〇年になって、ローマ軍によって完全に破壊されました。エルサレムの有名な「嘆きの壁」は、このときに破壊を免れた唯一の残存物です。それは、第二神殿の外壁の一部だったのです。
 かつてキリストの時代において、嘆きの壁の手前の地面は、今より約一三メートル下にありました。


エルサレム地図

 紀元七〇年に、破壊された際の残骸がそこに堆積したため、今は地面が昔より高くなっているのです。つまり嘆きの壁の約三分の一は、今も地中に埋もれています。
 ユダヤ人は、この「嘆きの壁」の前で、よくお祈りをします。彼らはそこで何を祈っているのでしょうか。彼らは、やがて神殿が再建されること――そこに第三神殿が建てられることを、ひたすら祈っているのです。


至聖所の場所はどこか

 かつて第一神殿、また第二神殿の至聖所(最も聖なる部屋)があった場所は、現在イスラム教の「岩のドームが建っている所である、と多くの人が考えてきました。
 ですから、やがてそこに第三神殿が建てられるためには、「岩のドーム」は何らかの原因で破壊されなければなりません。
 それが地震によるにせよ、ユダヤ人によるにせよ、異邦人によるにせよ、何らかのことで、取り壊されなければならないのです。
 しかし、第一神殿および第二神殿の至聖所があった場所は、じつは「岩のドーム」の建っている場所ではなく、そこから約九〇メートル北であった、という説が最近発表され注目を集めています。科学者アシェル・カウフマン博士が、考古学的調査の結果を、エルサレム・ポスト紙に発表したのです。
 もしこれが真実なら、イスラム教徒にとって大きな意味を持つ岩のドームを破壊することなく、第三神殿を建設することが可能となります。
 この説は、さらに検討され、最終的な判断が下されるでしょう。ちなみに、テンプル・マウンテンの最高指導者ラビ・シュロモー・ゴレンは、至聖所の正確な位置をつきとめたと言っています。
 第三神殿は、岩のドームの場所に建てられるのでしょうか。それとも、岩のドームの北隣りに建てられるのでしょうか。それはやがて、神の導きによって明らかにされるはずです。
 しかし、岩のドームの隣りであるにせよ、もし第三神殿が建設されれば、それはイスラム教徒にとっては、きっと内心おだやかなことではないでしょう。


現在のエルサレム。中央の円形の建物が、イスラム教の「岩のドーム」。

 今までなら、第三神殿建設は、アラブ人の強い反対と抵抗にあったかもしれません。インティファーダ(暴動)が次々と起こり、激しい妨害にあったに違いないのです。
 けれども去年(1993年)になって、イスラエルとPLOとの間に、あの歴史的な和平が成立。PLOの暫定自治が実現しました。これにより、将来第三神殿が建造されても、アラブ人による大きな反対は避けられる素地が出来た、と言えるでしょう。
 今、イスラエルでは、第三神殿建設のための活動が活発化しています。
 イスラエル議会の議員ゲウラ・コーヘンは、ユダヤ人が聖地で礼拝できるように、聖地の開放を立法化する計画を立てています。
 またイスラエルに本拠地を置く「神殿の丘忠誠団」や、米国コロラド州に本拠地を置く「ユダヤ神殿建設同盟」なども、第三神殿の建設に向けて活動を活発化しています。
 第三神殿への関心は、イスラエルにおいて、今では単に一部の宗教家たちの現象ではありません。
 イスラエルの一般大衆紙も、神殿再建に向けての記事を、掲載するようになっています。一九八九年二月一一日付けの『エルサレム・ポスト』紙は、こう記しました。
 「現代のユダヤ人は、神殿再建の使命にかられて、何とかしてこの困難な夢を実現させようとしている。彼らの心の内に秘められた使命感が、その夢を実現へと導くであろう」。
 ユダヤ人の歴史家ダビッド・ソロモンも、神殿再建はユダヤ民族にとって不可欠のものである、と発言しました。
 こうした声を受け、イスラエル政府も最近、神殿再建に向けて動き出しました。一九八九年にイスラエル政府は、「神殿調査協議会を正式に設け、第三神殿建設の準備に国家として動き出したのです。


第三神殿建設の準備は整いつつある

 さらに、確かな証拠はありませんが、うわさでは、神殿再建の際に使用される石が、すでにイングランド中部のベットフォードやアメリカ中西部のインディアナで切り出され、船でイスラエルに輸送されたと聞きます。
 これは、イスラエル側にとっては秘密のことです。イスラエルでは石の輸入は禁止されているからです。
 しかしもしこれが本当の話だとすれば、神殿再建に必要で充分な石は、きっとすでにプレカットされて、どこかに隠されているでしょう。
 第三神殿は、やがて建設が開始されれば、きわめて短期間のうちに完成するに違いありません。
 第三神殿建設のための準備は、今やイスラエルの至る所で繰り広げられています。
 嘆きの壁のすぐ近くに、タルムード(ユダヤ教の教典)を学ぶ学校が、二つあります。そこでは二〇〇名余りの学生が、やがて神殿の祭司として奉仕するために、事細かな勉強を行なっています。
 第三神殿で再開されるはずの「犠牲の供え物」に関する研究も、ある団体で行なわれています。神殿完成時の落成式に必要な「赤い雌牛」も、準備されつつあります。
 旧約聖書・民数記一九・一〜一〇によれば、神殿の完成時には、傷がなく、まだくびきを置かれたことのない完全な赤い雌牛を焼かなければなりません。
 ユダヤ教の教えにおいては、その灰を集め、祭司は神殿に入る前に、その灰で自分の身を清めなければならないのです。
 その赤い雌牛を得るため、最近ラビ(ユダヤ教教師)の一行は、ヨーロッパで若い雌牛の胚を捜し求め、それらを持ち帰ってイスラエルの牛の群れに移植したといいます。
 また、エルサレム旧市街にある「神殿研究所」(テンプル・インスティテュート)も、第三神殿のための準備に励んでいます。そこでは神殿祭具の研究や、その展示が行なわれています。


第三神殿のために用意された祭具。

 そこの職員の説明によれば、そこで展示されている神殿祭具は見本や模型ではなく、すべて本物であり、神殿さえ再建されればすぐにでも第三神殿で使えるものだといいます。
 すべての祭具は、厳密な研究と、多くの資料の分析とによって製作されたものです。もちろん、観光客目当てに作られたのではありません。それらは神殿再建に対する切なる願いから、生み出されたものなのです。
 ユダヤ教徒の間には今、メシヤ到来の日は近い、との感がかなり高まりつつあります。
 彼らユダヤ教徒は、メシヤ到来の日に、そのメシヤとはじつは再来のイエス・キリストであることを、知ることになるでしょう。そのときまで、彼らはまだメシヤが誰であるかを知ることなく、その到来を待ち望んでいます。
 メシヤに対する彼らの待望は、第三神殿建設への熱意に結びついています。ユダヤ教のある神学生が、後悔するような口調でこう言いました。
 「我々にもっと信仰があったなら、メシヤはすでに到来していたはずだ!神殿も再建されていたはずだ! より良い世界をつくり出せたはずだ!」
 イスラエルでは、メシヤを意識する人々が、急速に増えています。自分たちが終末の時代に生きている、という自覚の高まりが、イスラエルで見られ始めているのです。そして、それは第三神殿建設に向けての動きに、しっかりと結びついています。


第三神殿建設はいつか

 第三神殿は、いつ建設されるのでしょうか。それは必ず、いつか建設されるものです。それが今年か、来年か、あるいはもう少し先か、それはわかりません。
 しかし私たちは、イスラエルの著名な歴史家イスラエル・エルダッドの言葉を、思い起こします。
 彼は、一九六七年の「六日戦争」によってユダヤ人がエルサレム旧市街を奪回した直後に、インタビューに答えてこう語りました。
 「ダビデ王が初めてエルサレムを占領して以来、ソロモンが神殿を建てるまで、たった一世代しか経っていません。だからわれわれの場合も、一世代のうちに再建するでしょう」。
 ユダヤ人が「一世代」というとき、それは四〇年を意味します。もちろんこの言葉は、預言者の言葉ではなく、ユダヤ人の一歴史家の所感にすぎません。
 しかしこの言葉には、一九六七年以後の一世代のうちにぜひとも第三神殿を建設したいという、ユダヤ人の切なる願いが込められています。
 第三神殿は、いずれ近いうちに建設されることになるでしょう。それは一九四八年のイスラエル共和国建国に次ぐ、世界のビッグ・イベントになるのです。


発掘された神殿の丘地下通路。現在、
通路内には神殿の丘の模型が設置され、
ボタンを押せば模型は形を変えて、
将来の第三神殿が建てられた状況を
つくり出すようになっている。

 そしてユダヤ人は、旧約時代と全く同じように、第三神殿において様々な祭儀を開始するでしょう。彼らはまだ"旧約時代"に生きているのです。しばらくの間、彼らは平和の内にそれを続けるはずです。
 しかしやがて、異邦人の国の中に、強力な独裁者が現われ、野望を抱くようになります。彼は自分を神とし、キリスト教およびユダヤ教に対しても、激しく敵対するようになります。
 彼はエルサレムに侵略軍をさし向け、そこを踏み荒らすでしょう。そして第三神殿の中にも土足で踏み入り、自らを神と宣言します。また、そこに自分の偶像を置いて、人々に拝ませるでしょう。
 これが、キリストの予言された「荒らす憎むべきもの」です。この苦難の時代は、三年半続きます。そのとき、世界の悪は最高潮に達するのです。
 しかし、そこにやがて神の裁きが下ります。キリストが再来されるのです。
 キリストは、地上の悪の勢力を一掃し、反キリストを滅ぼされます。そのときすべてのユダヤ人は、イエス・キリストこそ真のメシヤであったことを知るでしょう。
 そして彼らは、みなキリスト教徒になるのです(黙示一・七、ロマ一一・二六)。肉のイスラエルは、みな霊のイスラエル(クリスチャン)に生まれ変わります。彼らは霊のイスラエルに合体するのです。
 ユダヤ人は、決して神から捨てられてはいません。彼らは今も、神のご計画と摂理の中にあります。
 ユダヤ人の多くは、まだイエス・キリストを知りませんが、それは使徒パウロの言っているように、「異邦人の完成のなる時まで」(ロマ一一・二五)のことです。異邦人に対する世界宣教が完成すれば、その後にユダヤ人の時がやって来るのです。
 キリストの福音の世界宣教がほぼ達成されつつある今、ユダヤ人の大リバイバル(回心)のときは刻々と近づいています。第三神殿建設は、その歴史の究極に至るための、一つのステップなのです。

                                 久保有政(レムナント1994年2月号より)

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