摂理論

イエスのご生涯(3)
イエスの奇跡




奇跡は5つの時代に集中して起きた

 イエス・キリストのご生涯を記した『福音書』を読んで、まず驚かされることは、イエスがなされた数多くの「奇跡」に関する記述です。
 福音書によるとイエスは、「病人、悪霊につかれた人、てんかん持ちや、中風の者など」(マタ4:24) 、多くの人々をいやされました。生まれつきの盲人、らい病人(ハンセン氏病) 、足なえ、長血の女などもいました。





  盲人バルテマイのいやし
 さらに、福音書に記されているだけでもイエスは、3人の死人を生き返らせておられます。
 ナイン町の青年(埋葬途上)、会堂管理者ヤイロの娘(死後しばらくして)、そしてラザロ(死後4日目)です。
 しかも最後には、ご自身が、死の中から復活されたのです。イエスの奇跡は、単に病気や、人間に対するものだけではありませんでした。
 イエスは、ガリラヤ地方のカナで、水をぶどう酒に変える奇跡を行なわれました。
 また5つのパンと2匹の魚を、5千人以上が満腹して余るほどの食事に増やしたり、嵐を静めたり、水の上を歩く、といった奇跡もお見せになりました。イエスの奇跡は、自然界に対するものもあったのです。
 私たちはこうしたイエスの奇跡について、どのように考えるべきでしょうか。これは単なる「物語」だ、と簡単に片づけるべきでしょうか。
 聖書の奇跡は、ある人々にとっては「つまずきの石」となっているようです。人々は言います。
 「聖書は、どこを読んでも奇跡だらけだ。こんな物語は非現実的で、とても信じられない」。
 しかし、聖書がどこも奇跡だらけだ、という言葉は真実ではありません。
 聖書を調べてみると、主要な奇跡が起きた時代は、5つだけでした。しかもそれら5つの時代には、興味深い法則性があるのです。


奇跡は5つの時代に集中して起きた

 奇跡の起きたとされる時代は、次の5つです。
 第1の時代は、イスラエルの指導者モーセとヨシュアの時代です。この時には、紅海の底に道ができたり、ヨルダン川の水がせきとめられたりといった大きな奇跡が、数多くなされました(B.C.1440-1400年頃)
 第2の時代は、預言者エリヤとエリシャの時代で、らい病人がいやされたり、少女が生き返ったり、というような奇跡がなされました(B.C.850年頃)
 第3は、南王国ユダの王ヒゼキヤの時代で、日時計の影が10度あとに戻る、という奇跡がありました(B.C.701年)
 第4は、預言者ダニエルの時代で、ダニエルの友3人が偶像礼拝を拒否したため、3人は熱い火の燃えさかる炉の中に入れられましたが、火傷一つしなかった、というような奇跡がなされました(B.C.550 年頃)
 そして第5の時代が、イエスとその弟子たちの時代で、病人のいやし、悪霊の追放、死人のよみがえり等、数多くの奇跡がなされました(A.D.30年頃)
 奇跡は、これら5つの時代に集中して起きました。
 他の時代に、たとえばアブラハムの妻サラが90歳という高齢で子を生んだ、といった奇跡的なことはありましたが、これら5つの時代の奇跡と比べると小さなものです。
 また今日もクリスチャンの中には、病気のいやしなどの奇跡を、経験する人々がいます。しかしここで問題にしているのは、聖書に記された過去の主要な奇跡についてです。
 聖書に記された過去の主要な奇跡は、これら5つの時代に集中して起きました。では、奇跡がなされたこれらの時代は、どういう時代だったのでしょうか。
 それらは、特別な時代でした。それらは時代の転換期か、危機の時代のいずれかでした。
 まず、モーセとヨシュアの時代を見てみると、それは大きな時代の転換期でした。イスラエルの民が400年の奴隷生活から解放され、独立した国家となるべき転換期だったのです。
 エリヤとエリシャの時代は、危機の時代でした。それは民がひどい偶像礼拝に陥っていて、まことの神の力を示すことが期待された時だったのです。
 ヒゼキヤ王のときは、アッスリヤ帝国が攻め寄せてきて、エルサレムが危機に瀕していた時代でした。
 ダニエルのときは、バビロン捕囚中の時代で、民が偶像を拝むよう強要されていた危機的な時代でした。
 そしてイエスとその弟子たちの時代は、そこからキリスト教が始まるわけで、まさに時代の転換期でした。
 このように奇跡は、特殊な状況のもとでなされました。それはこうした時代には、神の特別なご介入が必要とされたからです。
 第1と第5、つまり最初と最後の時代は、時代の転換期で、真ん中の3つの時代は、危機の時代でした。





    ラザロの復活





    主要な奇跡は5つの時代に集中しておきた

 とくに時代の転換期である第1と第5の時代には、数多くの奇跡が行われました。
 しかも、5つの時代のそれぞれの年代を調べてみると、さらに興味深いことがわかります。
 奇跡の時代は、図のように、間隔が約600年、150年、150年、600年となっているのです。
 図中に示した年代は、聖書考古学等によって一般的によく認められた年代です。(モーセの出エジプトをB.C.1275年頃とする説もありますが、聖書によればB.C.1440年頃です――T列6:1 。またこれは、考古学的にも裏づけられています。)
 奇跡の5つの時代は、間隔が4:1:1:4となっていて、美しく対称的に配列されているのです。比率の数(4,1,1,4) をすべてたすと、10になります。10は、いわゆる「完全数」です。
 これらの事実は、まさに奇跡が、ある「計画」に基づいてなされたことを示しています。
 上からの「計画」があったからこそ、このように美しく対称的に奇跡の時代が配列された、と考えることは理にかなったことです。


奇跡とは何か

 「奇跡」とは何でしょうか。それは偉大な力が上から介入して起きた、超自然現象です。
 奇跡の時代を表す線を、左右に延ばしていったら、その線は一体どこへ行き着くでしょうか。過去に行けば、行き着く所は天地創造であり、未来へ行けば、新天新地創造です。
 もし天地宇宙を創造された神がおられるとするなら、このような奇跡が実際に行なわれたとしても、決して不思議ではありません。
 人類は、人間を月に送りこむことができました。ましてや偉大な神に、もっと多くのことが出来ないはずがありません。
 ある人々は、
 「キリスト教は、どうも「奇跡」ということをいうから、信じられない」
 と言います。しかし昔のある有名なクリスチャンは、
 「私は、奇跡があるから信じる」
 と言いました。全く逆の論理です。
 一体どちらが理にかなっているでしょうか。奇跡は、起きるべきときには起きるのです。
 では、奇跡は、何のためになされたのでしょうか。とくに、イエスのなされた奇跡について考えてみましょう。
 イエスが奇跡を行なわれた第一の目的は、「奇跡を通して神の国について宣べ伝えること」でした。
 多くの人は、イエスが奇跡を行なわれたのは、ご自分の神性を証明するためだった、と考えます。
 たしかにそれも、奇跡を行なわれた目的の一つでしたが、必ずしもそれが第一の目的ではありませんでした。
 なぜなら奇跡を行なうことは、必ずしも神性の証明とはならないからです。奇跡自体は、モーセや、ヨシュア、エリヤ、エリシャなど旧約の預言者たち、またイエスの弟子たちも行なったことでした。
 しかもイエス在世当時、イエス以外にも「奇跡」を行なう人々はいました。たとえば「魔術師シモン」(使徒8:9-11) と呼ばれる人がいて、不思議なことをしては人々を驚かせていた、と聖書に書かれています。
 パリサイ派の人たちも、悪霊を追い出すことはしていたようです(マタ12:27)。現代でも、新興宗教などの中に、奇跡がないとも言えません。
 もちろんイエスの奇跡は、その質と量において格段に違うものでしたが、一般的には「神性の証明」とはならないのです。
 またある人々は、イエスが奇跡を行なわれたのは、人々を深く憐れまれたからだ、と考えます。
 たしかに深く「憐れんで」病人をいやされたと、幾つかの箇所に書かれています。したがって、病人や悪霊につかれた人々へのイエスの憐れみが、その人に対して奇跡をなす、強い動機となったことは疑い得ません。





 イエスの弟子たちも奇跡を行なった
 しかし憐れみを示すことは、イエスの奇跡の第一の目的ではありませんでした。
 なぜなら憐れみを示すことが第一だったならば、イエスはご自分のもとに来た病人だけでなく、全世界に目を向けなければならなかったでしょう。
 病人はイスラエルだけでなく、全世界のいたる所にいたからです。もし憐れみを示すことが最大の目的であったならば、イエスは全世界に出ていって、すべての病人をいやさなければならなかったでしょう。
 しかし、イエスはそうされませんでした。彼は、イスラエル以外には、ほとんど行こうとされなかったのです。
 病気のいやしというものは一時的なもので、死とともに終わりを告げてしまうものです。あの「ラザロ」のように死んで後4日目に生き返らされた者でも、いずれまた死んだのです。
 では、イエスはなぜ、奇跡を行なわれたのでしょうか。


イエスの奇跡の第一の目的は

 奇跡を通して神の国について宣べ伝えることだったイエスの奇跡の第一の目的は、病気のいやしや悪霊からの解放などを通して、神の国の生命の躍動・充実・恵みに満ちた祝福を、人々に見せることでした。
 イエスは奇跡を通して、来たるべき神の王国のみなぎり溢れる生命の力と、祝福を、教えようとされたのです。
 イエスは、神の国とはどのような所かを教えるために、奇跡という「視聴覚教材」を用いられました。
 足なえが歩きだし、盲人が光を見、死人が生き返ったとき、彼らは、「来たるべき世の力を味わった(ヘブ6:5)のです。彼らは、それを自分の体で体験し、人々はそれを見たのです。
 イエスは、数多くの奇跡を行ないながら、
 「神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信ぜよ」(マコ1:15)
 と言われました。
 「わたしは、他の町々にも神の国の福音を、宣べ伝えなければならない。自分はそのために遣わされたのである」(ルカ4:43)
 とも語られました。
 イエスが公生涯において最も言おうとされたこと、それは「神の国」とはどういう所か、そして「神の国」にはどうしたら入れるか、ということだったのです。
 イエスの公生涯のご目的は、「神の国の宣教」でした。奇跡も、そのための「手立て」だったのです。
 これは、イエスの奇跡が神性を示すことや、憐れみを示すことと全く関係がなかった、ということではありません。
 しかし奇跡の最大の目的は、神の国の生命の充実と躍動を体験させ、見せ、如実に示すことにあったのです。
 このことは、イエスが弟子たちに「奇跡を行なう権威」を授け、彼らをイスラエルの町々に遣わされたときに言われた言葉から、さらに明らかになります。
 イエスは弟子たちに、こう言われました。
 「行って、『天の御国が近づいた』と宣べ伝えなさい。病人を直し、死人を生き返らせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出しなさい(マタ10:7-8)
 ここでイエスは、「天の御国が近づいた」と宣べ伝えるとともに、その天国が近づいたことの実証として、また天国がどういう所か人々に見せるために、奇跡を行なえ、と命じておられるのです。
 私たちは、奇跡を目の当たりにするとき、来たるべき神の王国の生命と祝福を、垣間見ます。ですからイエスは、
 「わたしが神の御霊によって、悪霊を追い出しているのなら、もう神の国は、あなたがたのところに来ているのです(マタ12:28)
 とまで言われました。
 神の国が全きかたちで来るのは、イエスの再来のときですが、そうした奇跡の行なわれるところでは、ある意味では神の国は、すでにその姿を現わしているのです。
 神の国は、生命がどこまでも充実し、躍動している、絶対的な命の世界です。そこには不死と、真実の愛と、尽きることのない幸福が支配しています。
 イエスは、この「神の国」の祝福について人々に教えるために、数々の奇跡を行なわれたのです。

久保有政

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