アキバ・ベン・ヨセフ
神への信頼
アキバベンヨセフは、1世紀後半から2世紀にかけて生きたユダヤ人である。
アキバは40歳になって、5歳の息子とともに学校へ行き、文字の読み方を習った(A.D.80年) 。
まもなく彼は、『モーセ五書』(旧約聖書の最初の五巻)を、暗記して言えるようになった。
そののちアキバは、ユダヤ人の間で有名なラビ(教師)になった。彼の理想主義、勇気とユーモア、また活発な教条主義までもが、多くの学生を引きつけた。
彼に関して、次のような話が伝えられている。
ラビアキバが老年になったとき、ユダヤ人に対するローマ帝国の迫害は、強まるばかりだった。アキバも祖国にいられなくなり、不毛の野や、荒れた砂漠を、さまよわなければならなかった。
彼はさまよいながら、わずかな持ち物を持っているだけだった。持っている物といえば、ランプが一個、雄鶏(おんどり)が一羽、ロバが一匹。これらが全財産であった。
アキバは、ランプを夜、聖書を勉強するのに用いていた。雄鶏は、夜明けを彼に告げる時計の役目を果たしてくれた。ロバは、昼彼が移動する際の足となった。
ある日のこと、太陽が静かに地平線のかなたに沈み、夜が迫ってきた。
哀れにもアキバは、自分の疲れた体を横たえ、夜露を防ぐ隠れ家を見つけることができなかった。疲れきった彼は、すっかり精気を失っていた。
しばらくして、ようやく彼の心に喜びが戻った。はるか向こうに、部落の明かりを見たのである。
"どこでも人の住む所には同じく親切も住む"と彼は期待した。しかし、期待は裏切られた。
部落の人々は、不親切な人ばかりであった。一夜の宿を乞うても、だれ一人として泊めてくれる者はいなかった。
人々は無情にも、アキバを"よそ者"として部落から追い出した。仕方なく彼は、近くの森に入り、そこで一夜を明かすことにした。
「ああ、なぜこんなつらい生活をしなければいけないんだ」
彼はつぶやいた。
「こんなひどい天気の日に、体を保護してくれる屋根もないとは」
「・・・しかし、神様は正しい。神様は善をなされる」
アキバは森の中で、木の根もとに座った。ランプに火を点じ、聖書の勉強を始めたが、突然激しい風が吹いてきた。そして、まだ1章も読んでいないのに、ランプの火を消されてしまった。
「なぜだ」
彼は不満顔で叫んだ。
「好きな勉強もできないのか。しかし神様は正しい。神様は善をなされる」
アキバは、自分の体をじかに地面に横たえ、眠りに入った。2〜3時間たって、けたたましい物音が彼の目を覚ました。
狼が現われ、彼の雄鶏(おんどり)を殺したのである。
「ああ、何ということだ。かわいそうに。私の不寝番の者は死んでしまったのか。これからは誰が私に時刻を告げ、聖書の勉強をさせてくれるのか。
しかし神様は正しい。神様は、私たち哀れな人間にとって何が最善なのかを、よく知っておられる」
彼がこんなことを言っていると、その間にライオンが出てきて、ロバにかみついた。ロバも死んでしまった。
「何ということだ!」
一人ぼっちになったアキバは、つぶやいた。
「私のランプは吹き消され、かわいそうに雄鶏は死んでしまった。私の友であるロバも、やられてしまった。
しかし神様は、ほめ讃えられるべきである。神様はいつも、最善をなさるのだ」
その夜、彼はついに眠らずに過ごした。
ランプの灯は消され、雄鶏は殺され、ロバもやられてしまった。
翌朝早く、彼は部落へおりていった。旅を続けるために、馬か、あるいは何かの動物を得たい、と思ったからである。
ところがそこに見た部落の姿は、きのう見た部落とは、うって変わった姿であった。家々はつぶされ、あちこちから煙がたち上っていた。
地面には、多くの死体が散らばっていた。村人はだれ一人、生きていなかった。前夜、一隊の盗賊が部落を襲い、住民を殺し、家財を略奪したのである。
アキバは、茫然(ぼうぜん)と立ちつくした。しばらくして、彼は死んだ人々に対する神の憐れみを祈り、そこをあとにした。
彼は天を見上げて祈った。
「偉大な神様。アブラハムイサクヤコブの神様。
私は自分が、先の見えない哀れな人間であることを、知りました。もしあの無情な村人が、私を村から追い出してくれなかったら、私は彼らと運命を共にしたに違いありません。
風がランプを消してくれなかったら、盗賊たちはそれを目標にやって来て、私を殺したでしょう。私のふたつの友が奪い去られたのも、私の所在をその騒ぎ声で賊に気づかせないように、との神様のご配慮であったのですね。
神様、あなたは正しく、親切で、慈愛に富んでおられます。御名をほめ讃えます。あなたの御名は、永遠にほめ讃えられるべきです」
彼はこうして、苦難の奥に働く神の善なる御計画を、知ったのである。
〔聖書の言葉〕
「主よ・・・・あなたは善にして善を行われます」(詩篇119:68)
久保有政著
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